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空の旅へようこそ!

この旅で辿るのは、景色ではなく“視点”です。

外の世界に触れたとき、人の考え方はどう変わるのか。

案内してくれるのは、私の父親。

今までの当たり前を揺さぶることになった

その変化を、少しでも体験してもらえたら嬉しいです。

それでは、旅へ出発です!

ヒデ
アヤ

銀行員になったきっかけ

ーーー
今日はよろしくお願いします。
まず初めになんだけど、職業は元々銀行員だよね。
なぜその職業を選択したのか聞いてもいい?
ヒデ
よろしくお願いします。
大学までクラブに入っていたのと、当時が売り手市場だったからかな。
だからあんまり就職っていうのを今から振り返ってみれば、
真剣に考えてなかったんだと思う。
ーーー
えー!私なんて今から不安だよ、、
ヒデ
まあ、当時はいわゆる体育会とかに入ってると
就職に有利で良いところに入れるみたいな時代だったから。
そういうのがあって、多分高くくってたんだろうな。
比喩
ーーー
そんな感じだったんだね。
ヒデ
うん。銀行なんて元々全く考えてなかったんだけど、たまたま話を聞く機会があって、 その時に「ああ銀行ってこういうことなのか」って。
でも銀行って当時は本当に古臭い感じで。
ーーー
人気の職業じゃないの?
ヒデ
当時はまだね、そんなかな。
みんなで家を一軒一軒回って、集めた預金を企業に貸して、
それをまた返してもらうみたいな。
でも、そんな感じで間接的に世の中のために役に立ってて。
そのために銀行って世界の最先端のところを触れることができるんだなって思ったの。
ーーー
なるほど、それで入りたいって思ったんだ。
実際に入るのは簡単だったの?銀行って難しいイメージがあるけど…
ヒデ
いや今はそうかも知れないけど、当時はね。
だって、お父さんが就職した時の三和銀行なんて
同期で500人はいたもん。
ーーー
うわ、すごい。考えられないね。
ヒデ
そうだね。結果的に良いところに就職できたなって思うよ。

海外に行きたい!

ーーー
海外にずっと行ってたよね。どういった経緯で行くことになったの?
ヒデ
就職して3年目くらいにバブルが弾けて、
日本の経済が停滞していくようになったの。
そうなると発展性がなくて、仕事が面白くないんだよね。
甲子園に出るような高校だとワクワクを感じられるのに、
自分は毎回負ける試合みたいな笑。
ーーー
その例えわかりやすいね笑。
ヒデ
でも海外にはまだ、日本の30年40年前の景色が広がってて。
出張から日本に帰ってきた人の話を聞いてると、余計に面白いと思ったし、 その時に自分の知らない世界を知りたい、知見を広げたいって強く感じたのがきっかけかな。
比喩
ーーー
そうだったんだ。私だったらなかなか次に進めないかも。
ヒデ
最初は僕もタイミングが悪いと思っていたけど、
結果的に興味を持つきっかけにできたかな。
ーーー
すごいね。海外に行くためにしたこととかあった?
ヒデ
英語を学ぶために、英会話学校に一年間通った。
最初はしんどかったけど、できるようになってくると楽しかったな。
ーーー
結構話せるようになったの?
ヒデ
そうだね。かなり自信はあったけど、海外に行って初日の会議では全く分からなかったんだ笑。
あんなに習ったのにって挫折して、どうしたらいいのか悩んでた時に
「落ち着いて聞いた方がいいよ」って同じように駐在している日本人に
アドバイスをもらったんだ。
比喩
ーーー
なるほど、良いアドバイスだね。
ヒデ
うん。落ち着くと分かることもあるし、 自分が伝えようっていう思いで話すと、 相手もちゃんと聞こうという姿勢で答えてくれるしね。
ーーー
良い関係性で仕事をすることができたんだね。
ヒデ
習ったイントネーションとは違かったり、
現地で話すのとは全く別物っていう衝撃もあったけどね。
喋れるのは必要最低限の要素で、仕事ができないといけないから
緊張もあったけど、やりがいもあった。
せっかく掴んだチャンスだし本当に頑張ったよ。

掴んだ転機

ーーー
せっかく掴んだチャンスってことは、なかなか行けなかったの?
ヒデ
そうだね。ずっと行きたいとは思ってたんだけど、
僕が入った銀行では30代までに海外転勤を一回経験しておかないと、40代になって初めて海外っていうのは
まぁありえないよねみたいな風潮があって。
なんだかんだチャンスが来ないまま40歳になったのね。
ーーー
結構長い時間がかかったんだね。
ヒデ
そんな時、UFJ銀行と東京三菱銀行が2006年かに合併をして。
東京三菱銀行のカルチャーが入ってきた時に、
とくに年齢制限はないってなったの。
行きたい意欲がある人をね、どんどん行かせるよっていう。
ーーー
わ!チャンスだ!
比喩
ヒデ
そうだね笑。合併した後も4年間ぐらいは銀行の決算を作る部署に
いたんだけど、そこで評価を受けて当時の上司が、
一生懸命人事の人に掛け合ってくれて。
で、ようやく海外に出させてもらえたって感じかな。
ーーー
そうだったんだ。長い道のりだったんだね。
ヒデ
うん。振り返ってみればこの時が一番  “人生の転機”  かな。

学んだこと

ーーー
実際に海外に行ってみて、得た経験は何かある?
ヒデ
最初に行ったのがマレーシアで、
その時に初めてイスラム教に出会ったのね。
当然海外で仕事をすることへの難しさっていうのもあったんだけど、
それよりもやっぱり、その国の文化とか歴史的な背景とか、慣習とか。
日本とは全く違うものに触れて、最初は本当にびっくりした。
ーーー
何もかもが違うもんね。
ヒデ
マレーシアで一緒に仕事をしている仲間として関わると、
旅行先で現地の人と触れ合うのとは、全く別の印象があって。
現地で同じように生活をする中で色々と話を聴くと、
その行動にはちゃんとした理由があるんだよね。
ーーー
うんうん。
ヒデ
そういうことを日本にいる頃は全く分からなかったし、
そもそもマレーシアっていう国自体を詳しく知らないことが
ものすごくこう、自分の中で最初に気づいた時、
まあ、恥ずかしかったんだよね。
なんでそういうことを勉強してこなかったのかとか、
そういうところに目を向けなかったのかってすごく思った。
ーーー
私もあんまり知らないかも…
ヒデ
僕はそういうものに触れた時に今で言うその、なんていうのかな。
多様性を尊重するっていうことが、
その時ようやく自分の中で分かったんだと思う。
その国に来させてもらって、住まわせてもらって、そこで仕事をさせてもらってる立場だからこそ、そこにいる人たちをリスペクトして。
その時に初めてビジネスができるんだなって強く実感した。
ーーー
確かにそれは、実際にそこに身を置いてみないと分からない感覚だね。
ヒデ
僕はこの経験があったからこそ、仕事に対する考え方がすごく変わったかな。

変化していく

ーーー
マレーシアの他にも何ヵ国か行ってたよね?
ヒデ
あとはベトナムとバングラディシュかな。
3つの国に行って思ったことは、さっき言ったこともあるんだけど
一番は、その国に行くまで日本とどういった関係の国なのかを
全く知らなかったの。
マレーシアが日本にとって、すごく重要な国って知ってた?
ーーー
天然ゴム?とかしか知らないかも。
ヒデ
知らないでしょ?一番大事なのは、エネルギーなんだよ。
日本は油も天然ガスも取れないから、
エネルギー源は全て輸入で補っているのが現状なの。
マレーシアでは、LNGっていう液化天然ガスだね。
ーーー
そう言われてみれば、社会の授業で表とかに国名が入ってたかも。
ヒデ
でも、僕が世界史や現代社会とかを習ってた学生の頃って
そういうことに一切興味がなかったんだよね。
マレーシアが輸出をやめるって言ったら、日本は生産が危なくなる。
そういう国なのに。
ーーー
改めて考えるとすごく大切だね。
ヒデ
そうなの!
そういう面でも大切だし、マレーシアってすごく親日の国なんだよ。
だからマレーシアに行ったら、向こうから日本に対しての熱烈な
ラブコールがあるの。
ーーー
実際に行った時に感じるの?
ヒデ
めっちゃ感じる笑。すごく好きでいてくれる分、なんで日本人は
そのことを知らないんだろうって思うくらい。
だからこそ、そういう国ともっと仲良くなって
もうどこかに依存しなくても済むような日本の環境を作れたら
いいんじゃないかなとかも思ったりするの。
ーーー
そんなこと考えたこともなかった。
ヒデ
いや一緒だよ。
僕だって海外での経験を通して、そういう考え方が身についたんだ。
要はさ、海外に旅行じゃなくて、その土地に住んで
今までとは違った目線で日本っていう国を見る。
その時に初めて気付けるというか。
ーーー
一度外を見ないと得られない視点なんだね。
ヒデ
そうだね。視点を変えて日本を客観的に見ることで、
自分の考え方が変化していくんだ。
比喩
ーーー
わ〜!なんか私も海外に行きたくなってきた!!
ヒデ
良い経験になると思うよ。
まずは英語を頑張らないとだけど笑。
ーーー
そうだよね…がんばります笑。
今日は色々と聞けて楽しかったです!
長い時間、インタビューに答えていただきありがとうございました。
ヒデ
こちらこそありがとうございました。
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